被相続人が借入などのマイナス財産を残していた場合、相続放棄をすれば負債などを相続することはない。しかし被相続人の相続財産がプラスかマイナスであるかはすぐに判断できないこともある。その場合は限定承認を行うことが可能だ。限定承認をすることで、マイナス財産の方を多く相続することもなくなるため、相続人にとっては安心できる制度である。
ただし、限定承認は2020年で675件ほど。相続放棄の234,732件と比べても使用しているケースは少ないものの、限定承認の正しい手順を理解しておく必要がある。本記事では限定承認の概要とメリット・デメリットを解説する。これから相続を控えている人はぜひ参考にしてほしい。
限定承認とは
そもそも限定承認とはどのような内容なのだろうか。ここでは限定承認の概要と、単純承認、相続放棄との違いについて解説する。
限定承認の概要
被相続人の負債額が明確に分からない場合、相続するプラスの財産額範囲内でしかマイナス財産を相続しないことを指す。本制度は相続で得た財産から被相続人の債務などを弁済する相続方法である。
例えばプラスの財産が2,000万円で、負債などのマイナス財産が2,500万円である場合、弁済するのは2,000万円となり、500万円に関しては債務者から相続人へ弁済を求めることはなくなる。また弁済した後にプラスの財産が余ればその分を相続することが可能となる方法である。
とはいえ、冒頭にもお伝えした通り、限定承認はほとんど使用されていない。負債額などが不明確というケースも多くはなく、また単純承認や相続放棄を選択する方が多いからである。
単純承認と相続放棄との違い
単純承認とは通常通り財産を継承する相続のことを指す。現金や預貯金などの財産だけでなく負債などもすべて相続することだ。
一方、相続放棄とは全ての財産を引き継がないことである。負債などが大きい場合は利用する方が多いものの、プラスの財産も引き継ぐことはできなくなる。もちろん納税義務も発生しないため、相続税を支払いたくない方にも向いている制度だ。より詳しく知りたい方は「債務を相続しなくて済む相続放棄とは?概要と手順を紹介」を参考にしてほしい。
3つの制度をまとめると以下の表の通りとなる。
限定承認 | プラスの財産以内のマイナス財産を相続する |
単純承認 | 被相続人の財産を全て相続する |
相続放棄 | 被相続人の財産を全て相続しない |
限定承認のメリット
限定承認の概要を説明したが、どのようなメリットがあるかわからない方もいらっしゃるのではないだろうか。ここでは3つのメリットを紹介する。
借金を自腹で弁済する必要がなくなる
単純承認をすると被相続人の財産を全て相続することとなり、負債も返済していかなければいけない。しかし本制度を利用することで、相続した財産以上の負債を弁済することはなくなる。そのため財産を売却して弁済に回した場合、完済できないということは少なくなるだろう。ただし不動産などは地価によって売却価格は異なるため、注意が必要である。
不動産を残すことが可能
負債の多くは不動産投資を行った際に借入したものである。そのため限定承認をする際は、負債と不動産のセットを相続するケースが多い。負債額さえ弁済してしまえば不動産を残すことが可能となる。
少人数で相続手続きを行える
法定相続人全員が相続放棄すると、次に優先順位の高い相続人が相続権利を得る。しかし負債がある場合はあらかじめ次の相続人に連絡しなければトラブルにもなりかねない。しかし限定承認であれば次の相続人に相続権利が移行することはなくなるため、少人数で相続手続きを終わらせることが可能だ。
限定承認のデメリット
限定承認のメリットを紹介したがデメリットもあり、特に注意しなければいけないポイントである。ここでは3つのデメリットを紹介する。
相続人全員の合意が必要
限定承認した人は単純承認した人より負債が少なくなる可能性もあるため、人によっては不公平と捉える方もいるだろう。そのた相続人の中に1人でも同意しない人がいる場合は行えない。
譲渡所得税の支払い義務がある
限定承認をした場合は相続税の他に譲渡所得税が課税される可能性がある。亡くなった方から時価で売却されたとみなされ、含み益が発生した際は納税しなければいけない。そのため被相続人は亡くなったものの、利益を出したと判断され、準確定申告が必要となる。準確定申告は「相続後に必要な確定申告の事例とは?申告時の必要書類も解説」にて解説している。
また不動産などを相続した人が、相続発生後に不動産を売却した場合も譲渡所得税の課税対象となるため注意しなければいけない。譲渡所得税の計算方法を知りたい方は「相続した土地を売却した場合の税金計算方法と売却手順を紹介」を確認してほしい。
手続きが面倒
限定承認の手続きは複雑で面倒である。債務額がわからないケースが少ないことから、使用している件数は少ないと思われがちであるが、実は手続きに時間がかかるデメリットが挙げられる。限定承認は相続発生または相続を知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申し立て手続きを行わなければいけない。
一見簡単そうに見えるが、申立て後の手続きが多く、途中で嫌になる方もいる。ではどのような手続きを行うのだろうか。次の項では限定承認の手続き方法について解説する。
限定承認の手続き方法とは
限定承認の手続きは必要書類の準備から完了までおおよそ2か月〜3か月前後の日数を費やす。期日は相続開始から3か月以内と定められているものの、申述してから時間がかかる作業である。そのためあらかじめ手順や必要書類を理解しておかないとスムーズに手続き出来ないため、ここでは限定承認の手続き方法について解説する。
必要書類の準備
限定承認の申述を行う前に以下の必要書類を準備する
- 限定承認の申述書
- 亡くなった人の出生から死亡までの戸籍と住民票除票又は戸籍の附票
- 法定相続人全員の戸籍謄本
- 収入印紙(一人800円)
- 返信用の郵便切手
- 手数料
限定承認の申述書は「相続の限定承認の申述書」にてダウンロードが可能だ。申述書には申立人の他に、申立てする理由(限定承認を申述する理由)などを明記する。申述書の作成が完了した後は、被相続人の相続人を確定するため、出生から死亡までの戸籍謄本を取得しなければいけない。また法定相続人全員分の戸籍謄本も必要となるため、役所で取得しておこう。
限定承認の申述
限定承認申述書と必要書類の準備が完了した後は、被相続人の最終住所地を管轄する家庭裁判所へ申立てを行う。家庭裁判所の場所が分からない人は裁判所のホームページにある「裁判所の管轄区域」を確認してほしい。また裁判所から必要に応じて追加資料を求められるケースもある。円滑に手続きするためにも即座に対応した方が良いだろう。
限定承認受理通知書の受領
申述が完了した後は家庭裁判所から「限定承認受理通知書」が届く、おおよそ1か月~2か月前後の時間がかかると認識しておこう。
官報公告により債権者へ通知
限定承認受理通知書が届いた後は、官報で債務者に限定承認をする旨を伝える。官報は政府が発行してくれる機関紙のことである、2か月以上掲載する。また、限定承認したことを債権者に伝える方法でも問題ない。債権者の連絡先はわかっている場合は内容証明郵便にて催告してもよいだろう。
権利者に弁済する
相続財産から債権者へ弁済を始める。不動産や現金以外の財産を保有している場合、換金して支払うことになる。ただし、被相続人の財産では完済できない場合は、それそれの債権者の債務割合に応じて支払う必要がある。
また不動産に抵当権が設定されている場合は、優先して弁済しなければいけない。抵当権とは金融機関が融資する代わりに、返済が滞った場合は不動産を差押え、競売物件として売却できる権利のことを指す。住宅ローンやアパートローンなどを借りて自宅や不動産の購入をしている場合、借入した金融機関が優先されるということである。これを先取特権とも呼ぶ。
余剰財産を相続人で分け合う
被相続人の財産から弁済したうえで余った財産に関しては相続人同士が話し合いを行い、分けることが可能となる。一般的には法定相続割合に応じた財産額で分けるが、相続人全員が納得する分割方法であれば問題ない。法定相続割合について詳しく知りたい方は「法定相続割合で相続できる財産額と納税額の一例を紹介!法定相続割合が適用されない4つのケースも解説!」を確認してほしい。
限定承認の注意点
これまで限定承認の手続き方法を紹介したが、本制度を利用する際はこれから紹介する2つの注意点を意識するようにしてほしい。
譲渡所得税の税金を計算しておく
さきほどのデメリットでもお伝えした通り、限定承認を行った場合は譲渡所得税が課税される可能性もある。譲渡所得税は20%〜39%と高い税率である。そのため限定承認をしてから大きな税金が課せられれたというケースもあるため、あらかじめ納税額は計算しておいた方が良いだろう。
弁護士へ依頼する
限定承認は複雑な手続きから自身で行うのではなく、弁護士へ依頼した方が良いだろう。一つでも書類を間違えると再度申述書の作成し直しとなる可能性も高く、手続きに時間を要してしまう。相続手続きの完了は納税と申告であり、相続発生から10か月以内と定められている。しかし限定承認の手続きが遅れ、期限内に申告できないことにもつながりかねないため、あらかじめ弁護士へ依頼しておくことをおすすめする。
まとめ
今回は限定承認の概要とメリット・デメリット、手続き方法について解説した。限定承認はプラスの財産額範囲内でしかマイナス財産を相続しないことを指す。そのため負債などのマイナス財産の方が大きくなることはないメリットが挙げられる。
一方で相続税の他に譲渡所得税が課せられるなどのデメリットもあり、さらに手続きが複雑で面倒ということから限定承認が使用されるケースは多くない。限定承認をする際は弁護士などの専門家に相談しながら申述した方が良いだろう。